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2010年12月21日 (火)

REQUIEM GIAPPONESE 六本木男声合唱団倶楽部 イタリア公演

私が団長を務める「六本木男声合唱団倶楽部」のイタリア公演について、
遅ればせながら報告します。

11月25日(木)はミラノ大聖堂、Duomoにて
「レクイエム~曾野綾子のリブレットによる」(三枝成彰作曲  曾野綾子作詞)を、

11月26日(金)はヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂のミサで
「三枝成彰のミサ曲 曽野綾子のリブレット」(三枝成彰作曲  曾野綾子作詞)を
演奏いたしました。

いずれ も、指揮/大友直人、ソプラノ/中丸三千繪、テノール/樋口達哉、
合唱/六本木男声合唱団倶楽部の出演。

ミラノの街中でコンサートを告知するポスターを発見!
記念にパチリッ。

20101121

イタリア在住のReikoMilanoItalia さんが、You Tubeとブログで
ミラノ大聖堂でのコンサートの映像を紹介してくれています。

ぜひ、ご覧ください!

http://www.youtube.com/watch?v=r6eIMD1uvN8

http://wahei.blog-niigata.net/a_tavola/2010/11/

2010年11月17日 (水)

駅ホームに名店あり! 立ち食いきしめん「住よし」

岐阜県高山へ向かう道中、名古屋駅の在来線ホームで食べた「立ち食いそば」ならぬ「立ち食いきしめん」のうまいことなんのって。

駅のホームの立ち食いで感激するなんて自分でもビックリだったが、聞けばこの店のきしめんは「名古屋で一番美味しい」と言われているらしい。

食べたのは「かき揚げきしめん」!

注文してから、ジュージューパチパチ揚てくれるのが嬉しい。

鰹節が良く効いた出汁に、ツルツルとした巾広の麺はホッとする優しい味。

そこに具材がぎっしり詰まったアツアツのかき揚げがドカーンとのって登場する。

揚げたてだからサックサク感がたまらなく美味しい。
そして徐々に出汁と具が絡んでくると、また別の味わいが口いっぱいに広がってくる。

ホームに漂うかぐわしい匂いに誘われて入った店だったが大当たり!
見渡せば全部のホームに同じきしめん屋があるではないか!
その中でも何番ホームがうまいとか、あるらしい。
ちなみに私が食べたのは3-4番ホームの「住よし」であった。

2010年10月 6日 (水)

「同期の桜」

オペラ「特攻隊」の作曲準備が進んでいる。
2013年に世界初演を迎える運びだ。
太平洋戦争にまつわる膨大な資料を読み込む中で、やはり気にかかるのは音楽に関するエピソード。

今回は、軍歌にまつわるイチ押しのエピソードをご紹介しよう。

note貴様と俺とは同期の桜~」。

『同期の桜』は多くの日本人が知っている軍歌だ。
最近はどうか知らないが、戦後も宴会やコンパなどでよく歌われてきた。
たとえ聴いたことがなくても、このサビを一度聴けば耳に残る。

歌詞はこうだ。

1. 貴様と俺とは同期の桜、同じ兵学校の庭に咲く、
  咲いた花なら散るのは覚悟、見事散りましょ国のため

2. 貴様と俺とは同期の桜、同じ兵学校の庭に咲く、
  血肉分けたる仲ではないが、何故か気がおうて別れられぬ

3. 貴様と俺とは同期の桜、別れ別れに散ろうとも、
  花の都の靖国神社、花の梢に咲いて逢おう 

これを「note君と僕とは二輪のさくら~」と歌ったらどうだろう?
実は、今日歌われている「同期の桜」は替え歌ある。
原歌詞は西条八十の作詞『二輪の櫻』である。

1. 君と僕とは二輪のさくら、積んだ土嚢の陰に咲く、
  どうせ花なら散らなきゃならぬ、見事散りましょ、皇国(くに)のため。

2. 君と僕とは二輪のさくら、おなじ部隊の枝に咲く、
  もとは兄でも弟(おとと)でもないが、なぜか気が合うて忘られぬ。

3. 君と僕とは二輪のさくら、共に皇国(みくに)のために咲く、
  昼は並んで、夜は抱き合うて、弾丸(たま)の衾(ふすま)で結ぶ夢。

4. 君と僕とは二輪のさくら、別れ別れに散らうとも、
  花の都の靖国神社、春の梢で咲いて会ふ。

この西条八十の詞を、後に回天の第一期搭乗員となる帖佐裕海軍大尉が海軍兵学校在学中に、替え歌にして歌ったところ特攻隊員が好んで歌い、その後多くの人に好んで歌われるようになったという。

この曲が名曲たる所以は、ベースに優れた西条八十の歌詞、軍歌とは思えない哀愁を帯びた大村能章の曲があったからこそだ。
しかし、人々の共感を呼び、こんなにも長く愛される歌となって受け継がれてきたのは、明日の命を知る若者の、死んだ後にも変わらぬ友への思い。祖国の為に一つしかない命を散らす覚悟をした若者の純粋な願いが歌詞に込められたからこそだと思う。

2010年5月19日 (水)

黒石市「焼きそばラーメン」の巻

ちょっと前のことだが、GWに妻と桜cherryblossomを見に弘前へ行ってきた。

寒波がいすわったせいで、まだ堅いつぼみもあったが、「世界一の名所」と言われているだけあってそれは見事なものだったhappy02

4

青森へ行く機会があったら是非食べたいと思っていたのが「焼きそばラーメンnoodle」。
(正しくは「つゆ焼きそば」というらしい)

弘前から弘南鉄道busにゆられること30分で、「焼きそばラーメン」の聖地、黒石市に到着する。

このローカル線の旅が何とも楽しかった。
東京で使われなくなった電車をそのまま使っている。
(どうも東急鉄道のおさがりのよう…。)

3

広告も、引き渡された時のまま。
吊り革広告なんて、3月に僕がオペラの公演を行なった「東急文化村」だったりするから感激だ。

1

地元の人たちにとっては、広告なんてどうでもいいからそのまんまなんだと思う。
だけど、こっちは遠路はるばるやってきた土地で、突然、馴染みの光景に遭遇!
東京を離れて数日というのに妙な懐かしさを覚えて興奮してしまった。

さてさて、肝心の「焼きそばラーメン」、足を伸ばして行った甲斐があるというものです。
ありそうでなさそうな、何とも不思議な美味しさ。大満足の内に完食しました。

2

この黒石の名物「焼きそばラーメン」は、ある文房具屋の店先で生まれたらしい。
残りモノの冷えた焼きそばに、汁をかけて食べてみたら、想像以上に美味しかったという偶然から広まったと聞いた。

人にすすめると、「焼きそばに汁をかけて美味しいの?」って反応されるけど、
まずは食べてみることをおすすめする。

憧れていた「不老不死温泉spa」へも行ってきた。
日本海に面した、まさに波打ち寄せる野趣あふれる露天風呂として有名だ。

5

露天風呂へは、ゴツゴツした岩場を進まなければならない。
ズコッ! 痛いっ!
血が出た。
膝がみるみる内に腫れてくる。
捻挫か?

でも何としてもsweat01…この温泉、入らねば・・・sweat02

絶景のロケーションだ。 やったー、これぞ日本海!
しかも、男風呂に若い女性がなぜが3人も入ってる。
ラッキーだ。

しかし、かなり温度は低め。身体が震えるほどぬるいdown

もう少ししたら立ち上がってくれるかもしれない。

あー、限界sweat01
寒さに耐えかねて、美女の立ち姿を見ることなく露天風呂を後にした。

身体を張っての入浴後、足は腫れに腫れてしまったことは言うまでもないsweat02







note おまけのイチ押し! note

弘前までの道中、角館から秋田内陸縦貫鉄道を利用して移動した。
この道中も楽しい。

なぜなら、途中、観光アテンダントと称する可愛いらしい女性heart02が乗ってきて、
菓子やらオリジナル商品やらを満載した小さなカートを押しながら、
沿線のガイドをしてくれるのだ。

P4280007_r

素朴でレトロな雰囲気がなんとも言えずよかった。

2009年12月24日 (木)

日本一汚くて、日本一愛さずにはいられない店

寒くなると美味しくなるもの・・・いろいろあるけれど、
僕が長年通っている静岡市の『ちえ』がイチ押し。

『ちえ』は、ちえばあちゃんがやっているおでん屋さん。
小さくて、日本一汚い(ゴメンねsweat01)お店。
店の中は裸電球1個が灯るだけ。

何年か前、あまりの汚さに、市が建て直しを命じたほど汚い!

でも、その古びた雰囲気がす~っごくいい、す~っごく好き。
役所は悲しいかな、そういうセンスが分かんない。

僕も含め、600人のお客さんが反対の署名したから、
今日もこれからも、日本一汚いお店『ちえ』は健在だ。

静岡駅を出て少し歩いたガード下をくぐってすぐ左の細道に入ると、
僕の大好きな『ちえ』がある。
ぜひ行ってみて。

2009年12月 3日 (木)

懐深きパリ

 10月に二週間ほど、フランスに行ってきた。私が団長をつとめる「六本木男声合唱団倶楽部」のフランス公演のためである。

 フランス公演といっても、プロではなくアマチュアの合唱団であるが、国内ではサントリーホールや東京カテドラルで自主公演を行っているほか、縁あって今までに何回か海外公演も行っている。ウィーン、ハワイ、キューバ、ブラジル、モナコ、ベルリンといったところだが、いずれも関係者の皆さんには多大なご協力をいただき、幸いに多くのお客様からご高評をいただいた。

 今回のフランスでは、パリのマドレーヌ寺院とボルドーの国立オペラ劇場での2公演を行い、なんとか成功のうちに終えることができた。

 さて、私は他のメンバーよりホールの視察や寺院の関係者との打ち合わせ、寺院のパイプオルガンの試聴などをしなければならなかったため、他のメンバーより3日ほど早くパリに入った。そのおかげで、空いた時間に久しぶりのパリの街をじっくりと見て回ることができた。

 私が行った中でとくにご紹介したいのは、パリとボルドーのレストランと、共同墓地についてだ。食と死とは両極端だが、これがじつに楽しめたのである。

Img_0558_r  まずはビストロ「コントワール(Le Comptoir)」。オデオン駅の真上にあるレストランで、広場にも面している。パリで日本料理店「櫂(かい)」を経営する友人・北田芳一さんの案内で連れていっていただいた。二年前にも来たことがあり、以前も人気店だったが、今ではさらに過熱しているようだ。ディナーの予約は3~4カ月待ちだという。こちらも夜はさすがに行かれないと思い、ランチに行くことにした。こちらは11:30から並べば食べられる。もしパリに行く機会があったら、ここのフォアグラ料理はぜひ食べていただきたい。今まで私がフランスで行った中でもっとも安くてうまかった。絶品である。ランチで味わっても充分、堪能できる。ただし、店のインテリアはあまり美しくなかったが。

 次は合唱団のメンバーである日本在住の生粋のパリジャン、ロッド・マイヤール君の紹Img_0593_r_2 介で行った「モン・ヴィエイル・アミ(Mon Vieil Ami)」。ここは比較的新しい店のようだが、昔ながらのフランス料理を出してくれる。安くてうまい。ぜひ行くことをおすすめする。パリの中心、セーヌ川に浮かぶサン・ルイ島にある。

Img_0708_r  ロッド君はそのあと、ぜひ三枝さんを連れて行きたかったという、シャンソン酒場に案内してくれた。ラマルクにある「オー・ラパン・アジール(Au Lapin Agile)」だ。日本で出版されているガイドブックにもたびたび登場する場所。モンマルトルの丘の中腹に忽然と広がる葡萄畑があるのだが、その前に建っている。ここは何と創業1860年という老舗。古びた店内にいると不思議な感覚に襲われる。学生時代によくあった歌声喫茶を思い出す。古きよきパリのキャバレーの雰囲気を感じることができる。

Img_0625_r  変わったところでは、ベルヴィルにあるヴェトナム料理店「フォー・ドン・フオン(Pho Dong-Huong、為平牛粉)」。その名のとおり、フォーなどのポピュラーなヴェトナム料理の店だが、とくにフォーは日本のヴェトナムレストランではまったく出会ったことのない、とても不思議なフォーであった。

 また日本人がやっている店では、おそらくパリに1軒しかない串揚げ屋の「修(Shu)」。鵜飼修さんがオーナーシェフで、場所はスジェール。ふと日本の味が恋しくなったときにいいのではないだろうか。同じ思いを抱く人がいるのか、私が行ったときにはたいそうなにぎわいであった。

Img_0730_r  そして今回、私がいちばん量を食べてしまったのが、いまが旬の生牡蠣。バスティーユにある魚介料理で有名な「ボファンジェ(Bofinger)」。とにかく牡蠣が新鮮でうまいのに感激して、驚くなかれ、50個も平らげてしまった。さすがにここを出てからは、しばらく牡蠣はいいやという気になったが……。

 そんな中で落ち着くのは、やはり北田さんが気持ちよくもてなしてくれるルーブルの「櫂」だ。もともとは東京の広尾で日本料理店をやっておられた方で、そこにもずいぶん通ったが、単身パリに渡って新しいお店を出されてからも、いいおつきあいを続けさせていただいている。ここではオーソドックスなものや新しいアレンジを加えたものなど、いろいろな料理が楽しめる。彼と話していると安心して、ふと外国にいることを忘れてしまう。

 ここまで紹介したのはいずれも比較的リーズナブルでなおかつうまい店ばかりだ。今回はせっかくだからというので、某三ツ星レストランの予約を取って行ったのだが、高いばかりでうまくなかった。おまけにお客の半分は日本人だった。

二年前、パリに行ったときにも、別の三ツ星レストランで食事をしたが、やはりうまいとは思えなかった。たまたま私の好みとこういったレストランの味が合わないのか、何かの加減でその日はうまくなかったのか、よくわからない。だが、いつもいい目を見たことがない。もちろんすべての店がそうだとは思わないが、高名な料理ランキングに入っているからといって、それがすなわち味に比例するとは限らないのかもしれない。そのことも再確認できた旅であった。

 ここで、ボルドーのおすすめの店も一つ紹介しておこう。「ラ・トゥピーナ(La Tupina)」は、フランスのシラク前大統領が、訪仏したイギリスのブレア前首相を招待したことで有名になった。ここで食べたヤツメウナギは忘れがたい味だった。

 さて、パリでは新たな楽しみを見つけてしまった。レストラン探訪とともにぜひ皆さんにおすすめしたいのが、著名人のお墓めぐりである。

 モンマルトル墓地には、私たちにもおなじみの文化の担い手たちが多く眠っている。そのいくつかを紹介しよう。

Img_0635_r_7  まず、デュマの小説『椿姫』、そしてヴェルディのオペラ『椿姫』のモデルと言われた高級娼婦、マリー・デュプレシの墓だ。1847年、わずか23年の短い生涯を病に散らした彼女の白いお墓には小さい肖像画が埋め込まれ、彼女を慕う人たちの備えた花が絶えることがないという。ちなみに、墓石には、本名のアルフォンシーヌ・プレシスと彫られている。マリー・デュプレシというのは社交界で映えるように貴族風の響きを持たせたいわば源氏名だったのである。

 茶色い豪壮な造りの墓は、『居酒屋』『女優ナナ』で知られる作家のエミImg_0644_r_3 ール・ゾラ。大きなアーチに囲まれた彼の胸像が、あたりに睨みをきかせているようだ。1902年死去。

Img_0650_r  黒い重厚な椅子のような作りの墓は、ロマン派音楽の雄、作曲家エクトール・ベルリオーズ。『幻想交響曲』などで知られ、生前は喜怒哀楽の激しさと数々の奇行で知られた彼だが、今はここに静かに眠る。1869年死去。

 墓石に『枯葉』のメロディーが書かれているのは、ジャン・ルノワール監督の映画の音楽Img_0659_r などで活躍した作曲家、ジョセフ・コズマの墓。ハンガリー生まれのユダヤ人である彼は、ナチス・ドイツの迫害を逃れてフランスに移り住み、生涯を暮らした。

そんな異邦人のコズマが、まだフランス語がうまく話せなかったころに書いた『枯葉』が、今やフランスのシャンソンを代表する名曲といわれるようになったのも興味深いことである。映画音楽の仕事には、ルノワール監督の『草の上の昼食』や、マルセル・カルネ監督の『天上桟敷の人々』、そして『枯葉』が主題歌となっている『夜の門』などがある。1969年死去。

 静かに瞑目する胸像がそびえるのは、ドイツ生まれの詩人、ハインリヒ・ハイネの墓。こImg_0680_r_2 の大詩人の墓にふさわしく、竪琴をモチーフにした墓はじつに美しい。また彼は非常に多くの音楽家にも愛され、シューベルトやシューマンなどは彼の詩に曲をつけている。1856年死去。

 淋しげな道化師のかっこうで座っているのは、ロシアが生んだ二十世紀を代表するバレエ・ダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーの墓だ。希代のプロデューサー、セルゲイ・ディアギレフ率いるロシア・バレエ団のスターとして活躍し、ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』『春の祭典』、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』などの舞台に立ち、目の超えたフランスの観客たちの喝采を浴びた。その驚異的な身体能力と過激な振り付けで天才の名をほしいままにする一方、晩年は精神を病み、第二次大戦を命からがら乗り越えたものの、不遇のままに生涯を閉じた。1950年死去。
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 ……と、ちょっと歩いただけで、これほどの綺羅星のような芸術の先達に出会うことができて、過ぎし日のパリの文化に思いをはせ、いい時間を過ごせるのである。

 まだまだこれだけではない。墓地は広大だし、観光客の姿もちらほら見かける。現地に行けば詳しい案内があるから、それを頼りに半日ほどかけて歩いてみるのもいいだろう。それだけで芸術作品と呼べるような凝ったデザインの墓石も多いし、「この人もここに眠っていたのか」という発見もある。作家のスタンダールやゴンクール、画家のドガやユトリロ、映画監督のトリュフォーなどもここに眠っている。また、モンパルナスの墓地に行けば、哲学者のサルトルやボーヴォワール、作曲家のサン=サーンス、詩人のボードレール、作家のモーパッサンや俳優のセルジュ・ゲンズブールらのお墓がある。ちょうど今ごろの季節が、散策にはちょうどいいかもしれない。パリの墓地めぐりはおすすめである。私も次に行くときには、今回見られなかったエリアを歩いてみようと思っている。

 格式のある場所も多いが、食事も散歩も、お金をかけずに楽しめるところがたくさんある。そんな懐の深さを持つのがパリの街のよさであり、また行きたくなるゆえんなのである(写真はすべて、山本倫子さんの撮影によるものです)。

2009年7月12日 (日)

勇気をもらった「交響曲第一番」

広島ご出身の作曲家に、佐村河内守(さむらごうち・まもる)という人がいる。

 広島への原爆投下で被爆されたご両親のもと、1963年に生まれた彼は、幼いころにお母様から音楽の手ほどきを受けられたのを初めとして、作曲家を志すようになったという。

 しかし、成長するにしたがって、しばしば彼は原因不明の頭痛、耳鳴りや体調不良に見舞われる。そして、35歳になったころ、完全に聴覚を失ってしまわれた。

 そんな苦境にあっても、彼は音楽への情熱を失わず、幼いころからの鋭い感受性と天性のセンスをもとに、ほとばしる思いを胸に秘めて独学で勉強を続け、曲を書き続けた。

 私は知らなかったのだが、『鬼武者』というゲームの音楽などで、高い評価を受けてこられたようだ。

 そんな佐村河内さんが書き上げた「交響曲第一番」が、昨年、広島で行われたG8議長サミットを記念したコンサートで初演された。曲の構想は彼が17歳のころからあったという。およそ20年にわたって書き継がれた曲なのだ。

芥川作曲賞という作曲家のコンクールがある。今年、その選考員をおおせつかった私は、その候補作の一つだった「交響曲第一番」を選考委員会で聴いた。

それまで佐村河内さんのことをまったく存じ上げなかった私は、予備知識なしにこの作品を聴いたのだが、大きな衝撃を受けた。

まずは曲の素晴らしさに驚き、その後、彼のプロフィールを知ってさらに驚いた。

そして、ぜひこの作品を最終選考に残すように申し上げたのだが、そうなるには至らなかった。

曲のスタイルが新しいか古いかと言われれば、「交響曲第一番」は確かに古いスタイルにのっとって書かれた作品かもしれない。しかし、そんなことは作品の良し悪しとは関係のないことだ。

……と思うのだが、いわゆる“現代音楽”に携わっている人たちからすれば、確かによい曲だとわかってはいても、やはり評価は、よりコンセプチュアルで先鋭的な作品のほうへ傾いてしまうきらいがある。

しかし、選考に漏れたからといって、この作品の価値はいっこうに揺らぐものではない。それに私は、佐村河内さんが上述したようなバックボーンを持つ人だから「交響曲第一番」がよいと思ったわけではない。

純粋にいい曲だから惹かれたのである。それはこの曲を聴いたことのある人たちなら、わかっていただけるはずだ。

 初演のときはテレビなどでも取り上げられたようだし、その前年、彼は曲のタイトルどおりの『交響曲第一番』という自伝を出版されている(講談社刊)。これを読むと、彼のここまでの努力の積み重ねがよくわかる。

 この曲が次にいつ演奏されるかは知らないが、そのときにはぜひ駆けつけたいと思う。彼にはどこか、私がめざす音楽と共通するところを感じる。

「ロマンティシズムへの回帰」、そして「官能の海に溺れる音楽こそ、21世紀の新しき前衛」と提唱してきた私としては、彼のような人が同じ世界にいて下さることに、とても勇気づけられるのだ。

2009年7月 8日 (水)

幻の魚「エツ」の味

先日、仕事で宮崎に行くことがあり、その帰りに福岡経由で久留米まで足を伸ばした。

あの味に再び会いたかったからであるrestaurant

「エツ」という魚がいるfish。有明海でしか採れない魚で、カタクチイワシの仲間だというが、シタビラメのように薄っぺらくて、銀色の体をしている。手に持って灯りにかざすと、骨が透けて見えるほどだ。

今から5、6年ほど前になるだろうか。コンサートの仕事で久留米市を訪れた折り、地元の方に連れていっていただいた料理屋さんで、有明海の珍味の数々をいただいた。

映画「エイリアン」に出てきた怪物のように細長い奇怪な姿の魚「ワラスボ」、「メカジャ」という貝、このあたりではイソギンチャクも普通の食材として食べられている。

どれも珍しく、おいしかったのだが、その中にエツの揚げ物があったのだ。

一口食べて、驚愕した。それまでに食べた魚の中でいちばんおいしいと思い、猛烈に感動したのだ。

その味が忘れられなかったが、東京にいて簡単に食べられるものではなく、今のようにインターネットでお取り寄せができるシステムも整っていなかった。それにやはり、現地で食べるのがもっともおいしいのだ。

かといって、久留米近辺に行く機会は以外となく、そうこうしているうちに、年月は過ぎてしまった。

今回、宮崎に行ったあと、時間に余裕があったので、このときを逃すまいと、久留米に赴いたのである。

友人から紹介を受けた下津浦内科医院院長の下津浦康裕先生に「以前に食べたエツの味が忘れられなくて……」とお話すると、あるお店に連れて行って下さった。

「えつの豊」という、エツ料理の名店である。「筑紫の誉酒造」という酒造会社が経営しているお店で、思わぬ歓待を受けた。

そこでいただいたのが、エツづくし。エツを使って、これほどの多彩な料理ができるとは知らなかった。そのとき撮った写真をごらんいただこう。

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エツはまさに今が旬の魚。ここでしか味わえない、幻の魚である。ちなみにこちらは5月中旬から7月上旬までの営業だが、興味のある方はぜひ一度、久留米まで行かれることをおすすめする。

2009年6月 2日 (火)

憧れの「鶴見」

私が長年、一度は行ってみたいと思いながら、行くことができないでいる場所があった。遠くではない、ごく近くに。

 それは、横浜市鶴見区を走るJR鶴見線の沿線地帯である。京浜東北線の鶴見から出ている電車で、東京湾へ向かう工業地帯を走っている。東京近郊の路線にしてはごく短い、扇町までの10駅の間を往復する電車である(同時に鶴見駅には『海芝浦』行きと『大川行きの』支線も発着している)。先日、たまたま夕方から時間が空いたので、この機会を逃したくないと、思いきって妻と事務所のスタッフをともなって出かけてみた。

 浜松町から京浜東北線に乗ると、平日の夕方6時過ぎだったこともあって、電車は帰宅する会社勤めの人たちや学生たちでぎゅうぎゅう詰めだった。数年ぶりに遭遇したラッシュアワーである。鶴見までは意外と早く、およそ20分で着いた。鶴見線のホームへ移動する。

 やがて満員の鶴見線が着くと、降りてきた乗客はおそらく沿線の工場や会社に勤める人たちなのであろう。反対に乗車したのは私たちと、沿線に暮らしているらしき人たちが数えるほどだった。目的地は鶴見の次の「国道」という駅で、そこにある飲み屋に行きたかったのだが、せっかくだからということで、ちょうどやってきた「海芝浦」行き電車で終点まで行ってみた。

最初わずかにいたお客さんも、一駅二駅過ぎ、工業地帯に近づくにつれて、ついには私たちだけになってしまった。だが、終点の「海芝浦」まで行くと、ここには東芝の工場しかなく、乗り降りできるのも入構証を持った社員に限られているので、急に帰る人たちで満員になる。このホームがまた凄い。海の真ん中に埠頭のように立っているのだ。夜の海の側から眺めた工業地帯の灯りを堪能してから、また「国道」に戻って降りた。

降りてみて、呆然となる。駅は無人。出口に、今は見ることもなくなったボロボロの木製の改札。敗戦直後を思わせる古びた駅舎の下に、木戸を連ねた店が数件あるが、そのどれもがつぶれてしまったらしく、人気がないのだが、改札のはす向かいに飲み屋が1軒だけ、灯りをともしていた。その「昭和」の感じに圧倒される。時どき終戦後を舞台にした映画やドラマのロケにこの駅舎が使われることがあるというが、それもうなずける。

 店の名は、『国道下』。国道駅の下にあるから、『国道下』なのだ。木戸の向こうにうっすらと、5人ほどのお客さんでいっぱいのカウンター席と、ママさんの姿が見える。ガラス越しにうす赤い灯りが洩れて、なんともいい雰囲気である。木戸を開けて、入れるかきいてみたが、「いまは満員だから、30分後にまた来て」と言われる。

 仕方なくガード下を出ると、車が走りすぎる国道16号に出た。しかし、ときどき冷たい風が吹き抜けるほかはほとんど人気がなく、どうすればいいのかと思ってしまう。しばらく探すと、道沿いに灯りをともしている日本料理屋が見えた。入ってみると、蕎麦屋のような造りのいい店だった。そこの小上がりで焼酎を一杯。

 先客は地元勤めの飲み友達らしい中高年の男女が4人ほどいた。きさくに鶴見のお祭りの話などしてくれる。店の壁に小さい薄型のテレビモニターが取り付けてあり、男性の一人が歌いだすと、料理屋がカラオケ屋に早変わりする。

 冠二郎などの自慢の歌に合わせて、突然、お客さんの男女が手に手を取ってゆったりとチークダンスを踊り出した。まるで映画のような光景に唖然としてしまうが、……すばらしい。

 そろそろいいころあいだなと思い、そこを出て、先ほどの『国道下』へ。もう空いていて、みな入ることができた。聞けば、ここらの飲み屋の始まりは早いし、ピーク時間も早いのだという。夕方の4時ごろから飲んでいる人もいるそうだ。「楽しんでってね」と、初対面の先客さんが私たちに声をかけて帰っていった。「以前から一度来てみたかった憧れのお店なんですよ」というと、ママさんが喜んでくれた。

 ふと目についたのは、サントリー・オールド。いわゆる「ダルマ」だが、それをロックで飲むことにする。ダルマなんて、何年ぶりに飲むだろう。懐かしい味わいに感激する。ママさん手作りのおつまみもおいしい。刻んだ山芋や冷奴、千葉から仕入れたという刺身など、ごくふつうの家庭料理だ。ストレートで飾らないママさんや常連のお客さんとの会話を楽しんだ。

 また来ることを約束して、店を出たのは十時少し前だったろうか。いい気持ちで再び鶴見線と京浜東北線で浜松町まで戻った。

 鶴見へはいつか行けたらいいなというぐらいに思っていたが、突然に実現することができた。こんな近くに、こんな懐かしくも驚きの“楽園”があろうとは……。調べたところ、鶴見区内には、知る人ぞ知る「沖縄タウン」があるという。そこには今度、行こうと思っているので、あらためてご紹介するとしよう。

 このブログでは、こうして私、三枝が訪れ、いい刺激をいただいた場所、人、本や音楽など、「これぞイチ押し、おすすめ!」というものを随時、採り上げていくつもりである。読んで興味を持っていただければ幸いだ。

今後とも、よろしくお願いします。

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