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2009年12月 3日 (木)

懐深きパリ

 10月に二週間ほど、フランスに行ってきた。私が団長をつとめる「六本木男声合唱団倶楽部」のフランス公演のためである。

 フランス公演といっても、プロではなくアマチュアの合唱団であるが、国内ではサントリーホールや東京カテドラルで自主公演を行っているほか、縁あって今までに何回か海外公演も行っている。ウィーン、ハワイ、キューバ、ブラジル、モナコ、ベルリンといったところだが、いずれも関係者の皆さんには多大なご協力をいただき、幸いに多くのお客様からご高評をいただいた。

 今回のフランスでは、パリのマドレーヌ寺院とボルドーの国立オペラ劇場での2公演を行い、なんとか成功のうちに終えることができた。

 さて、私は他のメンバーよりホールの視察や寺院の関係者との打ち合わせ、寺院のパイプオルガンの試聴などをしなければならなかったため、他のメンバーより3日ほど早くパリに入った。そのおかげで、空いた時間に久しぶりのパリの街をじっくりと見て回ることができた。

 私が行った中でとくにご紹介したいのは、パリとボルドーのレストランと、共同墓地についてだ。食と死とは両極端だが、これがじつに楽しめたのである。

Img_0558_r  まずはビストロ「コントワール(Le Comptoir)」。オデオン駅の真上にあるレストランで、広場にも面している。パリで日本料理店「櫂(かい)」を経営する友人・北田芳一さんの案内で連れていっていただいた。二年前にも来たことがあり、以前も人気店だったが、今ではさらに過熱しているようだ。ディナーの予約は3~4カ月待ちだという。こちらも夜はさすがに行かれないと思い、ランチに行くことにした。こちらは11:30から並べば食べられる。もしパリに行く機会があったら、ここのフォアグラ料理はぜひ食べていただきたい。今まで私がフランスで行った中でもっとも安くてうまかった。絶品である。ランチで味わっても充分、堪能できる。ただし、店のインテリアはあまり美しくなかったが。

 次は合唱団のメンバーである日本在住の生粋のパリジャン、ロッド・マイヤール君の紹Img_0593_r_2 介で行った「モン・ヴィエイル・アミ(Mon Vieil Ami)」。ここは比較的新しい店のようだが、昔ながらのフランス料理を出してくれる。安くてうまい。ぜひ行くことをおすすめする。パリの中心、セーヌ川に浮かぶサン・ルイ島にある。

Img_0708_r  ロッド君はそのあと、ぜひ三枝さんを連れて行きたかったという、シャンソン酒場に案内してくれた。ラマルクにある「オー・ラパン・アジール(Au Lapin Agile)」だ。日本で出版されているガイドブックにもたびたび登場する場所。モンマルトルの丘の中腹に忽然と広がる葡萄畑があるのだが、その前に建っている。ここは何と創業1860年という老舗。古びた店内にいると不思議な感覚に襲われる。学生時代によくあった歌声喫茶を思い出す。古きよきパリのキャバレーの雰囲気を感じることができる。

Img_0625_r  変わったところでは、ベルヴィルにあるヴェトナム料理店「フォー・ドン・フオン(Pho Dong-Huong、為平牛粉)」。その名のとおり、フォーなどのポピュラーなヴェトナム料理の店だが、とくにフォーは日本のヴェトナムレストランではまったく出会ったことのない、とても不思議なフォーであった。

 また日本人がやっている店では、おそらくパリに1軒しかない串揚げ屋の「修(Shu)」。鵜飼修さんがオーナーシェフで、場所はスジェール。ふと日本の味が恋しくなったときにいいのではないだろうか。同じ思いを抱く人がいるのか、私が行ったときにはたいそうなにぎわいであった。

Img_0730_r  そして今回、私がいちばん量を食べてしまったのが、いまが旬の生牡蠣。バスティーユにある魚介料理で有名な「ボファンジェ(Bofinger)」。とにかく牡蠣が新鮮でうまいのに感激して、驚くなかれ、50個も平らげてしまった。さすがにここを出てからは、しばらく牡蠣はいいやという気になったが……。

 そんな中で落ち着くのは、やはり北田さんが気持ちよくもてなしてくれるルーブルの「櫂」だ。もともとは東京の広尾で日本料理店をやっておられた方で、そこにもずいぶん通ったが、単身パリに渡って新しいお店を出されてからも、いいおつきあいを続けさせていただいている。ここではオーソドックスなものや新しいアレンジを加えたものなど、いろいろな料理が楽しめる。彼と話していると安心して、ふと外国にいることを忘れてしまう。

 ここまで紹介したのはいずれも比較的リーズナブルでなおかつうまい店ばかりだ。今回はせっかくだからというので、某三ツ星レストランの予約を取って行ったのだが、高いばかりでうまくなかった。おまけにお客の半分は日本人だった。

二年前、パリに行ったときにも、別の三ツ星レストランで食事をしたが、やはりうまいとは思えなかった。たまたま私の好みとこういったレストランの味が合わないのか、何かの加減でその日はうまくなかったのか、よくわからない。だが、いつもいい目を見たことがない。もちろんすべての店がそうだとは思わないが、高名な料理ランキングに入っているからといって、それがすなわち味に比例するとは限らないのかもしれない。そのことも再確認できた旅であった。

 ここで、ボルドーのおすすめの店も一つ紹介しておこう。「ラ・トゥピーナ(La Tupina)」は、フランスのシラク前大統領が、訪仏したイギリスのブレア前首相を招待したことで有名になった。ここで食べたヤツメウナギは忘れがたい味だった。

 さて、パリでは新たな楽しみを見つけてしまった。レストラン探訪とともにぜひ皆さんにおすすめしたいのが、著名人のお墓めぐりである。

 モンマルトル墓地には、私たちにもおなじみの文化の担い手たちが多く眠っている。そのいくつかを紹介しよう。

Img_0635_r_7  まず、デュマの小説『椿姫』、そしてヴェルディのオペラ『椿姫』のモデルと言われた高級娼婦、マリー・デュプレシの墓だ。1847年、わずか23年の短い生涯を病に散らした彼女の白いお墓には小さい肖像画が埋め込まれ、彼女を慕う人たちの備えた花が絶えることがないという。ちなみに、墓石には、本名のアルフォンシーヌ・プレシスと彫られている。マリー・デュプレシというのは社交界で映えるように貴族風の響きを持たせたいわば源氏名だったのである。

 茶色い豪壮な造りの墓は、『居酒屋』『女優ナナ』で知られる作家のエミImg_0644_r_3 ール・ゾラ。大きなアーチに囲まれた彼の胸像が、あたりに睨みをきかせているようだ。1902年死去。

Img_0650_r  黒い重厚な椅子のような作りの墓は、ロマン派音楽の雄、作曲家エクトール・ベルリオーズ。『幻想交響曲』などで知られ、生前は喜怒哀楽の激しさと数々の奇行で知られた彼だが、今はここに静かに眠る。1869年死去。

 墓石に『枯葉』のメロディーが書かれているのは、ジャン・ルノワール監督の映画の音楽Img_0659_r などで活躍した作曲家、ジョセフ・コズマの墓。ハンガリー生まれのユダヤ人である彼は、ナチス・ドイツの迫害を逃れてフランスに移り住み、生涯を暮らした。

そんな異邦人のコズマが、まだフランス語がうまく話せなかったころに書いた『枯葉』が、今やフランスのシャンソンを代表する名曲といわれるようになったのも興味深いことである。映画音楽の仕事には、ルノワール監督の『草の上の昼食』や、マルセル・カルネ監督の『天上桟敷の人々』、そして『枯葉』が主題歌となっている『夜の門』などがある。1969年死去。

 静かに瞑目する胸像がそびえるのは、ドイツ生まれの詩人、ハインリヒ・ハイネの墓。こImg_0680_r_2 の大詩人の墓にふさわしく、竪琴をモチーフにした墓はじつに美しい。また彼は非常に多くの音楽家にも愛され、シューベルトやシューマンなどは彼の詩に曲をつけている。1856年死去。

 淋しげな道化師のかっこうで座っているのは、ロシアが生んだ二十世紀を代表するバレエ・ダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーの墓だ。希代のプロデューサー、セルゲイ・ディアギレフ率いるロシア・バレエ団のスターとして活躍し、ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』『春の祭典』、ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』などの舞台に立ち、目の超えたフランスの観客たちの喝采を浴びた。その驚異的な身体能力と過激な振り付けで天才の名をほしいままにする一方、晩年は精神を病み、第二次大戦を命からがら乗り越えたものの、不遇のままに生涯を閉じた。1950年死去。
Img_0686_r

 ……と、ちょっと歩いただけで、これほどの綺羅星のような芸術の先達に出会うことができて、過ぎし日のパリの文化に思いをはせ、いい時間を過ごせるのである。

 まだまだこれだけではない。墓地は広大だし、観光客の姿もちらほら見かける。現地に行けば詳しい案内があるから、それを頼りに半日ほどかけて歩いてみるのもいいだろう。それだけで芸術作品と呼べるような凝ったデザインの墓石も多いし、「この人もここに眠っていたのか」という発見もある。作家のスタンダールやゴンクール、画家のドガやユトリロ、映画監督のトリュフォーなどもここに眠っている。また、モンパルナスの墓地に行けば、哲学者のサルトルやボーヴォワール、作曲家のサン=サーンス、詩人のボードレール、作家のモーパッサンや俳優のセルジュ・ゲンズブールらのお墓がある。ちょうど今ごろの季節が、散策にはちょうどいいかもしれない。パリの墓地めぐりはおすすめである。私も次に行くときには、今回見られなかったエリアを歩いてみようと思っている。

 格式のある場所も多いが、食事も散歩も、お金をかけずに楽しめるところがたくさんある。そんな懐の深さを持つのがパリの街のよさであり、また行きたくなるゆえんなのである(写真はすべて、山本倫子さんの撮影によるものです)。

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コメント

こんにちは。
パリのレストラン櫂についての記事を読ませていただきましたので、このメールを書かせていただきます。
先日、友人の定年退職を祝って、個室があると書いてあるこの櫂に予約を取りました。 到着すると、入り口から左側にある大きなテーブルを指されるので、個室ってこういうことなのかと驚きましたが、まあ仕方ないなと思いました。 その後来た友人がお手洗いに立った折、下にちゃんと個室があるのを見たと言って、他にもたくさんのお客様がいらしたので、そちらに変えてもらいました。
それがいけなかったのでしょうか。 とにかく愛想が悪く、最後までお礼の一言もなかったのです。 美味しいお食事でしたし、こんな印象を受けるのは本当に残念です。 男性の方でしたが、この方が北田さんでしょうか。 それならそれで仕方ないのですが、そうではなく従業員の方なら、是非知っていただきたいと思ってこのメールを書かせていただきました。 インターネットではとてもいい評価なのに、残念です。 顧客を大切にするのはもちろんよく分かります。 でも、はじめて来て、たんにランチだけの客だからといってそこまでの差別をすることはないんじゃないかと思いました。

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